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2008年4月 8日 (火)

P.D.ジェイムズ「トゥモロー・ワールド」

まったくもって面白おかしい話じゃないのだけど、胃の腑がねじれるような緊張感で最後まで飽きさせなかった。

原因不明の不妊症で人類がゆっくり滅亡してゆくというのはなかなか衝撃的だった。25年間、こどもの誕生がない世界。ある日突然、この世に妊婦が1人も存在しないことに気づく恐怖と動転が過ぎた日のこととして淡々と語られるが、いやでもあれこれ考えてしまった。

前半は本当に気が滅入るストーリーだった。こどもがいない世界というのがこうも絶望的で無気力だとは。鬱なことこの上ないが、文章がすばらしい。

「破られることのない静かな年月が果てしなく積み重なり、か細い身体はあの大理石の見えない目の凝視の下でミイラになるか、あるいは腐ってゆくのだろう」

↑ここを読んだ時に、ビシッという音が聞こえるんじゃないかと思うほど『決まった…!』と感じてしまった。(ここだけ読んでも何がなにやら、ですが・苦笑)この他にもあちこちにそんな文章があって、その度にこの作家はすごい!と思う。

それにしても主人公セオはダメダメだった。本人いわく「孤独で、自意識過剰の皮肉屋」だそうだが、まったくその通りで、『自分でわかってんじゃん!』と思ってしまったよ。(まったくイギリスのインテリってのはみんなあんな辛辣なのかね。慇懃に人を傷つける言葉の応酬で、読んでるこっちが傷だらけだよ)

その彼がジュリアンと出会って変わってゆくのだが、確かに出産の場面は感動的…というか、セオの感動や畏怖が伝わってきた。しかし終わり方はこれからが平穏でないことを予見せしめるものだったように思うし、警告でもあると感じた。権力の行方はもちろん、ジュリアンその人にも危うさを感じる。

評議会メンバーのカールが新生児を目の当たりにして言う「では、また始まるんですか」という言葉が印象的だった。

不妊が原因不明なら、25年のブランクを経ての妊娠もまた謎であろう。理由がわからないところが本当にありそうだという気がする。

余談だが、私はジュリアンをジュリアン・ムーアのイメージでずっと読んでおり。まぁ、きっと名前が同じだから思い浮かんだのだろうけど、読み終えても我ながらピッタリだったと悦に入っていたら、映画でもジュリアン・ムーアが演じているそうで驚いた。

ところが映画は本書とはかけ離れた作品で、まったく別物に仕上がっているそうだ。

アルフォンソ・キュアロン監督の「トゥモロー・ワールド」がそれらしい。映画の原題は原作と同じCHILDREN OF MENなのに、映画の邦題に合わせて本の邦題も変更したんだなぁ・苦笑。

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